高松駅から出発した旅行の思い出

私が高校2年生の頃家族6人、祖父、祖母、母、父、弟、私で、老神温泉に一泊で旅行に行った時の話です。

高松駅に車を停めて、そこから電車に乗って旅行に出発しました。(高松駅の周りの駐車場情報⇒高松駅駐車場

初日は、旅館に行く前に「ロックハート城」へ行きました。とても綺麗なお城があり、日本とは思えないような外国の建物の作りに感激したことを覚えています。当時そこはバンジージャンプやバギーに乗って遊ぶことができました。

私は父親と弟と人生初のバンジージャンプを体験しました。ジャンプ台の上に立った時の恐怖心と目の前に広がる絶景は今でも覚えています。

なかなか飛び降りる心の準備ができませんでしたが、ジャンプ台に立ってから5分ほどで、思い切り飛び降りました。胃が浮くような感じがたまらなく気持ちよかったです。

これまた人生初となる、バギーにも乗りました。ただのゴーカートのようなものだろう、と軽く思っていました。

バギー担当の従業員にポケベル?のようなものを持たされ、「途中で何かあったらそのボタンを押してください。すぐに従業員が参りますから。」と言っていました。一人乗りのバギーだったため、弟に先に行ってもらい後から私が進みました。

その道がゴーカートとはまるで違う山道でした。でこぼこした木の根が張っている山道で急な下り坂や上り坂がありました。あまりにもひどい道でバギーに乗ったことを後悔していました。

こわごわ進んでいくと、かなり急な上り坂がありました。思い切りアクセルを踏んで登り出しました。が、あまりにも長い上り坂で途中アクセルをゆるめてしまいました。するとバギーが頭から持ち上がり、「あ!バギーがひっくり返る!」と思い急いでバギーから飛び降りました。

バギーは急な坂道を転がり落ちていきました。もし私がバギーから飛び降りなかったら今頃大怪我では済まなかったかもしれません。

すぐに従業員さんに持たされたポケベルを鳴らしました。すぐに従業員さんは来てくれて、ひっくり返ったバギーを坂下から持ってきました。「まだ、続き乗りますか?」と聞かれて「乗りません」と即答しました。あれ以来バギーには怖くて乗れません。

今では「ロックハート城」にはバンジージャンプやバギーなどはなくなってしまったそうです。

ロックハート城をあとに、予約しておいた老神温泉に向かいました。当時の私は初めて行く温泉でしたので楽しみでした。

老神温泉に着くと、まるで大昔にタイムスリップしたかのような山奥の場所でした。どこを見ても山、山、山でした。でも、なんだか空気がとてもおいしく感じ、気持ちの落ち着くところでした。

旅館はとても古そうで、骨董品のような品々がガラスケースにたくさん飾られていました。たぬきの剥製なんかも飾られていて、当時の私にはとても新鮮でした。部屋は16畳もあるような広い畳の部屋でした。家族全員でもとても広く感じました。窓からは赤い大きな橋が見えました。

赤い橋と山々の景色がとてもよかったので、弟二人で旅館のまわりを散策しよう、ということになりました。弟と赤い橋の近くまでいきました。近くで見ると大きくて、はるか下の方には川が流れていて、渡るのが怖いくらいでした。

結局私が怖がったので橋は渡らず、他の旅館などを見て回りました。商店のようなものはひとつもありませんでした。一通り散策して旅館へ戻り家族で温泉に入ることになりました。

温泉は旅館から外に出たところの共同温泉でした。家族で温泉に入ったあと夕食の時間になりました。家族みんなそれぞれ席に着くと、旅館の方がひとりひとりに食べ物を並べ始めました。

すると弟がまだ中学生だったので「わー!虫がいる!」と、旅館の方がいる前で叫びました。「どれ?どれ?」と父と私で覗き込むと、刺身と一緒にそえられているしその実に緑色のしゃくとりむしが、独特の動きでしその実の上をあるっていました。

すぐに旅館の方がそばに来て確認してくれました。すると「なーんだ、これか・・・。」というと指でつまんですりつぶしました。

そして「とりかえますか?」と私たちに聞いてきました。父は弟に「おれのさしみと交換してやるから大丈夫だよな?」といい、旅館の方には交換しなくていいと伝えました。

大自然なところだけに、しゃくとりむしくらいでは驚かないといった感じでした。今思うと、消毒だらけのものよりも虫が付くくらいのものの方が安心だなあ、と思います。

この旅行から20年たった今は、祖父、祖母、父はもうこの世にはいません。でも、私の記憶の中にこの旅行とともに祖父、祖母、父は生きています。

とても楽しかった・・・。今度は私が子供たちに楽しい思い出をつくってあげる番です。近々、老神温泉にいくつもりです。

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